去年は歌えていた曲のサビが、急に届かなくなった。声が裏返る、かすれる、同じキーなのに苦しい——。声変わりの時期に歌っている人から、いちばんよく出てくる悩みです。「もう前みたいには歌えないのかな」と不安になって、歌うこと自体をやめてしまう人もいます。
結論から書きます。このとき起きているのは音域の「移動」であって、歌がへたになったわけではありません。出せる高さの範囲そのものが、少しずつ別の場所へずれていく時期です。だから、いまやるべきことは高音を取り戻す特訓ではなく、音域を測り直して、いまの声で気持ちよく歌える曲を選び直すことです。
この記事では、そのための具体的な手順だけを扱います。身体の変化そのものについては一般的な範囲の説明にとどめますので、痛みや強い違和感が続く場合は、記事の最後にも書いたとおり早めに専門家へ相談してください。
声変わりで起きているのは「音域の移動」であって上達の後退ではない
まず前提の整理から。声の高さは、声帯という器官が振動する速さで決まると言われています。成長期にはこの声帯が大きくなり、それにともなって楽に出せる高さの中心が下のほうへ移っていく、というのが一般的な説明です。男性で変化が大きく、女性でも程度の差はあれ変化があるとされています。
ここで大事なのは、上限だけを見て落ち込まないことです。上が下がる一方で、以前は出せなかった低音が出るようになっていることがほとんどです。つまり音域は「狭くなった」のではなく「位置がずれた」。それなのに、多くの人は高いほうだけを基準に自分を評価してしまいます。
| 感じていること | 実際に起きている可能性 |
| 前より高音が出ない | 楽に出せる範囲の上限が下がった |
| 低い声がスカスカする | 下に広がった分をまだ鳴らし慣れていない |
| 同じ曲なのに苦しい | 曲のキーが今の音域と合わなくなった |
| 日によって全然違う | 移行期は基準そのものが動きやすい |
| 裏声に急に切り替わる | つなぎ目の位置がずれて、慣れていない |
変化が落ち着くまでには数か月から1〜2年かかるのが普通、という説明が多く見られます。つまりこの時期の「出ない」は、実力ではなく途中経過の記録です。ここを勘違いしないだけで、練習の組み立てがかなり変わります。
「歌ってはいけない」のではありません
ネットには「変声期は歌うな」という極端な意見もありますが、教室系の解説を見ると、多くは「無理な高音を張り上げるのは避けたほうがよいが、今の音域で歌うのは問題ない」という立場です。歌うのをやめると、音程感やリズム感、表現のストックまで止まってしまいます。やめるのではなく、やり方を変えるのが現実的です。
前は出た高音が出ないときに最初にやること
感覚で判断せず、数字で今の位置を確認するところから始めます。ここを飛ばすと、「出ない」という印象だけが積み上がって自信がなくなっていきます。
手順はシンプルです。
| 順番 | やること | 目安 |
| 1 | 10分ほど声を温める | ハミング・リップロール |
| 2 | 地声の上限を測る | 2〜3秒伸ばせる音まで |
| 3 | 地声の下限を測る | 同上 |
| 4 | 裏声の範囲も別に測る | 地声と分けて記録 |
| 5 | 日付と一緒にメモする | スマホのメモで十分 |
測り方の細かい手順や、hiA・mid2Aといった音名表記の読み方は自分の音域の調べ方・測り方【hiA・mid2Aなど音名表記の読み方つき】にまとめてあります。アプリを使えば5分ほどで終わります。
測るときのコツは「一瞬出た音」を上限に数えないことです。裏返らずに2〜3秒伸ばせて、その音のまま次の音へ移れる高さを上限とします。ここを甘く見積もると、選曲の基準がずれて結局苦しい思いをします。
そしてもう一つ。1回測って終わりにしないでください。 この時期は月ごとに位置が動きます。月に1回、同じ手順で測って記録を残すと、「下がり続けている」のか「もう落ち着いてきた」のかが自分で分かるようになります。
日によっての差と、時期としての変化は別物
測っていると、「先週より下がった」と焦ることがあります。ただし音域は、声変わりと関係なくその日のコンディションでも上下します。寝不足、水分不足、前日に歌いすぎた——どれも当日の上限を下げる要因です。日単位の変動については音域は日によって変わる?高音が出る日・出ない日の差の正体で詳しく扱っています。
見分け方の目安は、「調子のいい日の上限」が数か月かけて動いているかどうかです。悪い日どうしを比べても何も分かりません。比較するときは、必ず条件をそろえた日の記録どうしで比べてください。
無理に元のキーへ戻そうとするとどうなるか
いちばん避けたいのが、前に歌えていたキーに力ずくで戻そうとすることです。届かない高さを出そうとすると、どうしても喉のまわりに余計な力が入ります。
そのときに起きやすいのが次のような状態です。
| やってしまうこと | 起きやすいこと |
| 高音で音量を上げて押す | 喉が締まり、声が硬くなる |
| あごを突き出して張り上げる | 姿勢が崩れて息が続かない |
| かすれても歌い続ける | 違和感が長引きやすい |
| 出ない日に長時間練習する | 翌日以降にも響く |
ここは効果を断定できる話ではありませんが、成長の途中にある身体に負荷をかけ続けるのは避けたほうがよい、という点では教室系の解説もおおむね一致しています。声がかすれる、喉に痛みがある、しゃべるのもつらい——こうしたサインが出たらその日は歌わない、という線引きをあらかじめ決めておくと迷いません。
代わりに有効なのがキーを下げて歌うことです。カラオケでもDAWでも、キーは簡単に変えられます。原曲キーで歌えないことを恥ずかしがる必要はまったくありません。プロでもライブではキーを調整します。「原曲キーで歌えてこそ」という思い込みは、この時期にはいちばん邪魔になります。
いま出せる音域で歌える曲の選び方
音域を測り直したら、次は曲のほうを合わせにいきます。手順は3つです。
1. 曲の最高音・最低音を調べる
歌いたい曲の音域を先に調べて、自分の記録と重ねます。調べ方は曲の音域の調べ方|自分の音域に合う曲の探し方【歌ってみたの選曲に】にまとめました。
2. 「上限ぎりぎり」を選ばない
選曲で失敗しやすいのがここです。自分の上限と曲の最高音が同じだと、サビで必ず苦しくなります。曲の最高音が、自分の上限より2〜3音低いくらいを目安にすると、余裕をもって歌えます。余裕があるほど、音程も表現もよくなります。
3. 下がった分の低音を活かす曲を探す
この時期の特権とも言えるのが、以前は歌えなかった低めの曲に手が届くことです。落ち着いた雰囲気の曲、語りかけるような曲は、低音が出せないと成立しません。ここで低音の表現を身につけておくと、変化が落ち着いたあとの武器になります。
選曲全般の考え方は歌ってみたの選曲のコツ・自分に合う曲の見つけ方【伸びる曲の選び方】も参考にしてください。
この時期にやっておくと後で効く練習
高音を追わない分、時間が空きます。その時間を何に使うかで、変化が落ち着いたあとの位置が変わります。おすすめは高音を必要としない領域を伸ばしておくことです。
| 練習 | 内容 | この時期に向く理由 |
| 裏声を整える | 裏声だけで曲をなぞる | 喉への負担が比較的小さいとされる |
| 音程の精度 | ゆっくりの曲を録って確認 | 音域に関係なく積み上がる |
| リズム・発音 | 歌詞を音程なしで読む | 声の状態に左右されにくい |
| 低音を鳴らす | 下がった分の音域を使う | 新しく手に入った範囲 |
| 録音と聴き返し | 週1回、同じ曲を録る | 変化の記録そのものになる |
特に裏声は、この時期に整えておく価値があります。裏声と地声のつなぎ目の位置は、音域がずれると一緒に動きます。前と同じ感覚で切り替えようとして裏返る、というのはよくある話です。つなぎ目の扱いは裏声と地声をなめらかに切り替えるコツ|つなぎ目をなくす練習法にまとめてあります。
そして音程とリズム。この2つは声の状態と関係なく伸ばせて、しかも聴いた人の印象をいちばん左右する部分です。高音が出ないあいだにここを固めておくと、あとで声が安定したときに一気に形になります。
変化が落ち着いたサインと、そこから伸ばす順番
「もう落ち着いたのか」を判断する材料になるのは、やはり記録です。目安としては次のような状態が続いたときです。
| 見るところ | 落ち着いてきた目安 |
| 上限の推移 | 数か月、同じ位置で止まっている |
| 声の裏返り | 不意に裏返ることが減った |
| 話し声 | 高さが安定してきた |
| 歌ったあと | 疲れ方が以前と同程度に戻った |
ここまで来たら、音域を伸ばす練習に入っていけます。順番としては、まず今の範囲を安定して鳴らせるようにしてから、上下に広げるのが定石です。いきなり上限の外側を練習しても、土台がないと戻ってしまいます。広げ方の手順は音域を広げる練習方法【高音・低音の伸ばし方と2オクターブの目安】をどうぞ。
録音を残して、基準の移り変わりを記録する
最後に、この時期いちばん効く習慣をひとつだけ。
この記事でいちばん伝えたいのがここです。月に1回、同じ曲・同じ条件で録音を残してください。
やり方は難しくありません。
| 項目 | 決めておくこと |
| 曲 | 1曲を固定(サビだけでも可) |
| キー | 原曲キーで固定 |
| タイミング | 毎月同じころ、温めたあと |
| 機材 | スマホでよい。同じもので |
| ファイル名 | 日付を入れる |
数か月分たまると、自分の声がどう動いてきたかが耳で分かります。「下がっている」ではなく「変わっている」と実感できるのが、この記録のいちばんの価値です。不安なときほど、感覚ではなく記録に戻ってください。
まとめ:いま測り直して、いまの声で歌う
やることを3行にまとめます。
| 1 | 音域を測り直して、記録を始める |
| 2 | 上限より2〜3音低い曲を、キーを下げてでも歌う |
| 3 | 裏声・音程・リズムを、高音を追わずに積む |
声変わりは、歌えなくなる出来事ではありません。基準がいったん動くだけです。動いているあいだに無理をしないこと、そして動きを記録しておくこと。この2つができていれば、落ち着いたときにちゃんと続きから再開できます。
なお、この記事で書いたのはあくまで一般的な範囲の考え方と、歌う側の調整方法です。声のかすれや喉の痛み、違和感が長く続くとき、声が出しづらい状態が改善しないときは、自己判断で練習を重ねず、耳鼻咽喉科などの専門家に相談してください。 身体のことは、歌の情報ではなく専門家の判断が確実です。


















