歌ってみたのMIXを始めると、EQ、コンプレッサー、ディエッサー、リバーブ、ディレイと、使うプラグインが一気に増えます。ひとつひとつの使い方を覚えても、「結局どの順番で挿せばいいの?」「入れ替えたら音が変わった気がするけど、どちらが正しいの?」と手が止まってしまう方は多いのではないでしょうか。
この記事では、ボーカルトラックにエフェクトを挿す順番を、全体像から整理します。個々のつまみの細かい設定ではなく、なぜその順番になるのかと、迷ったときにどう確かめるかに絞って解説します。順番の理屈がわかると、ネットで見かけるプリセットやチェーン例も、自分の素材に合わせて組み替えられるようになりやすくなります。
結論:基本の並びは「整える→揃える→飾る」
先に、迷ったときの出発点になる並びを示します。上から順に信号が通ると考えてください。
| 順番 | 処理 | 役割 | 置き場所 |
|---|---|---|---|
| 0 | ノイズ除去・不要区間のカット | 素材の下ごしらえ | エフェクトの前(波形編集) |
| 1 | ピッチ補正 | 音程を直す | インサートの先頭 |
| 2 | EQ(切る・削る) | 不要な低域やこもりを取る | インサート |
| 3 | コンプレッサー | 音量の差を揃える | インサート |
| 4 | EQ(足す) | 音色を整える | インサート |
| 5 | ディエッサー | サ行の刺さりを抑える | インサート |
| 6 | リバーブ・ディレイ | 空間と余韻を足す | センド(別トラック) |
大まかに言えば、前半は「いらないものを減らす」処理、真ん中が「揃える」処理、最後が「足して飾る」処理です。この流れは多くのMIX解説で共通していますが、固定の決まりではありません。素材によって入れ替えることもあり、その判断のしかたは後半で説明します。
なぜ順番で音が変わるのか
インサートに挿したエフェクトは、上のスロットから順に信号を受け取ります。つまり、2番目のエフェクトは「1番目で処理された後の音」を受け取って動きます。Logic Proのユーザガイドでも、スロットに入ったリバーブ・コーラス・ディレイの位置を入れ替える操作を説明したうえで、エフェクトの位置が変わればサウンドも変化すると書かれています。
特に影響が大きいのは、コンプレッサーのように「入ってきた音の大きさを見て動く」エフェクトです。具体例で考えてみましょう。
例1:EQで低域を足してからコンプをかけた場合
コンプレッサーは、決めた大きさを超えた音を抑えます。先にEQで低い帯域を持ち上げていると、コンプはその低域の大きさにも反応して、声全体を余計に抑えてしまいます。結果として「低域を足したはずなのに、声が引っ込んで聞こえる」ということが起きやすくなります。
例2:リバーブの後にコンプをかけた場合
リバーブの残響まで含めた音をコンプに通すと、歌が止まった瞬間にコンプが抑えるのをやめ、残響が持ち上がって聞こえることがあります。「フレーズの終わりに響きがふわっと膨らむ」感じになり、狙っていなければ不自然に聞こえます。空間系を最後に置くのは、こうした連鎖を避けるためです。
順番の正解を暗記するより、「後ろのエフェクトは、前のエフェクトが作った音を材料にする」と覚えておくほうが、初めて見るプラグインでも判断しやすくなります。
段ごとの役割と、前後を入れ替えたときに起きること
ピッチ補正は先頭に置く
ピッチ補正は、声の音程を検出して直す処理です。前にリバーブやディレイがあると、残響や繰り返しの音まで一緒に検出の材料になり、補正が迷いやすくなります。また、コンプやEQの設定を後から変えても補正の結果に影響しないように、先頭に置いておくと作業が安定しやすくなります。
EQはコンプの前と後に分けて使う
EQは1つにまとめず、役割で前後に分ける考え方がよく使われます。不要な低域を切るハイパスや、こもりの原因になる一点を削る処理はコンプの前。音色を明るくするなど「足す」処理はコンプの後です。前に置けば、コンプが不要な成分に反応せずに済み、後に置けば足した結果をそのまま確認できます。帯域ごとの探し方はボーカルEQの基本で詳しく扱っています。
コンプは「掃除の後、色付けの前」
コンプレッサーは小さい音を相対的に持ち上げるため、前に不要な音が残っていると、それも一緒に目立たせてしまいます。先にEQで掃除をしてからコンプ、という順番になるのはこのためです。スレッショルドやアタックなど各つまみの決め方は、別の記事で手順を追って解説しています。
→ ボーカルのコンプ設定|スレッショルド・レシオ・アタックの決め方
ディエッサーはEQ・コンプの後ろが一般的
高域を足すEQや、小さな音を底上げするコンプは、サ行の子音も一緒に大きくします。そのため、ディエッサーはそれらの後ろに置いて、最後に残った刺さりだけを抑える形が一般的とされています。ディエッサーのつまみの意味と、ほかの対処法は歯擦音の記事にまとめました。
空間系は最後、しかもセンドで
リバーブとディレイは、ボーカルのインサートの最後のスロットに挿すこともできますが、歌ってみたではセンド(別のトラック)で使うのが扱いやすい方法です。理由は次の章で説明します。リバーブとディレイの違いや量の決め方は、こちらで詳しく扱っています。
→ リバーブとディレイの違い|歌ってみたのボーカルにかける量と使い分け
インサートとセンドの使い分け
エフェクトをどこに挿すかには、2つの方法があります。
| 方法 | 信号の流れ | 向いているエフェクト |
|---|---|---|
| インサート | トラックの音がすべてエフェクトを通る | EQ・コンプ・ディエッサー・ピッチ補正など、音そのものを変える処理 |
| センド | 音の一部を別トラックに送り、そこでエフェクトをかけて戻す | リバーブ・ディレイなど、原音に響きを足す処理 |
Cubaseのオペレーションマニュアルでは、インサートエフェクトはチャンネル全体の信号がエフェクトを通過するもの、センドエフェクトはチャンネルの信号経路の外にあり、複数のチャンネルから同じエフェクトに送れるものと説明されています。
歌ってみたでセンドが便利なのは、主に次の3点です。
- 原音と響きの量を別々に調整できる:ボーカルのフェーダーと、リバーブトラックのフェーダーを分けて動かせます
- メインとハモリで同じ空間を共有できる:1つのリバーブに全員を送れば、同じ部屋で歌っているようにまとまりやすくなります
- 響きだけにEQをかけられる:リバーブトラックの低域を切ると、声の芯を濁らせずに響きを足せます
センドで使うときは、リバーブ側のMix(Dry/Wet)を100%(ウェットのみ)にするのが基本です。原音はボーカルトラックから出ているので、リバーブ側で原音まで鳴らすと二重になってしまいます。
また、センドには「プリフェーダー」と「ポストフェーダー」の送り方があります。ポストフェーダーで送ると、ボーカルのフェーダーを下げたときに響きも一緒に下がるので、バランスが崩れにくくなります。迷ったらポストフェーダーで始めるとよいでしょう。
迷ったときの確かめ方
順番を変えて「良くなった気がする」と感じても、実は音量が上がっただけ、ということがよくあります。人の耳は、少し大きい音を「良い音」と感じやすいためです。次の手順で、条件をそろえて聞き比べてください。
- 全部のエフェクトをバイパス(オフ)にする:素の音を一度聞いておきます
- 上から1つずつオンにする:どのエフェクトで何が変わったかを確認します。変化がわからないエフェクトは、外しても問題ないことが多いです
- 入れ替えたい2つだけを入れ替える:同時に複数を動かすと、どれが効いたのかわからなくなります
- 出力の音量をそろえてから比べる:コンプのメイクアップや、プラグインの出力つまみで、オンとオフの音量を近づけます
- オケと一緒に聞く:ボーカル単体で良く聞こえても、オケに混ぜると印象が変わります。最終判断はオケありで
- イヤホンやスマホのスピーカーでも聞く:再生環境が変わると、響きの量や高域の刺さりの感じ方が変わります
この確認をすると、「この素材ではディエッサーをコンプの前に置いたほうが自然」というように、素材ごとの例外にも気づきやすくなります。基本の並びは出発点で、最後は自分の耳で決めると考えてください。
よくある質問
Q. ネットで見つけたボーカルチェーンのプリセットをそのまま使ってもいいですか?
出発点としては便利です。ただし、プリセットは作った人の声と録音環境に合わせてあります。順番はそのままで、各エフェクトのかかり具合を自分の声で調整し直す、という使い方がおすすめです。上の確認手順で1つずつオン・オフして、効いていないものは外しましょう。
Q. コンプを2つ並べる人がいるのはなぜですか?
1台で大きく抑えるより、2台で少しずつ抑えたほうが自然に聞こえやすい、という考え方からです。たとえば1台目で大きく飛び出す部分だけを抑え、2台目で全体を軽く整える、という分担です。初めは1台で十分なので、慣れてから試してみてください。
Q. 録音のときにエフェクトをかけて録ったら、順番はどうなりますか?
録音時にかけたエフェクトは、DAWの中のどのエフェクトよりも前にあることになります。しかも後から外せません。かけ録りをした場合は、DAWではその後ろに続く処理だけを組み立てる、と考えてください。
Q. MIXを依頼する場合も、自分でエフェクトをかけて渡したほうがいいですか?
依頼する場合は、エフェクトをかけない素の状態で渡すのが基本です。MIX師さんは自分の順番でチェーンを組むので、先に処理が入っていると取り消せず、選べる手が減ってしまいます。書き出し方はMIX依頼の準備ガイドを参考にしてください。
→ MIX依頼の準備ガイド|ボーカルの書き出し方と要望の伝え方
サチュレーションの量と挿す位置はサチュレーションの解説、ときどき出るこもりや刺さりだけを削る方法はダイナミックEQの解説で詳しくまとめています。
まとめ
- 迷ったら「ピッチ補正→EQ(切る)→コンプ→EQ(足す)→ディエッサー→空間系」を出発点にする
- 後ろのエフェクトは、前のエフェクトが作った音を材料にして動く。特にコンプは前の処理の影響を受けやすい
- リバーブ・ディレイはセンドで使い、リバーブ側のMixは100%にする
- 入れ替えて比べるときは、1か所だけ動かし、音量をそろえ、オケと一緒に聞く
- 基本の並びは決まりではなく出発点。最後は素材と自分の耳で決める
順番の全体像がつかめたら、次は個々のエフェクトの中身です。まずは音量を揃えるコンプの設定から、ひとつずつ確かめてみてください。



















