ボイストレーナーをしていると、
こんな質問をされることがよくあります。
「結局、歌は才能・センスが全てですか?」
「歌って、習えば上手くなるものですか?」
「歌は才能・センスが全て」という風に
思い込んでいる人はとても多いです。
「歌は才能・センスが全てだ」と
思い込んでしまう気持ちはわかります。
私もかつては友だちにバカにされるような
ドのつく音痴だったので。
周りにいる歌が上手い友だちが
特に何も練習していないと言っていて、
ネットで調べて努力している自分が
音痴で悩んでいれば、そう思いたくもなります。
今回は歌の上手さとセンス・才能の関係を
ぶった斬りたいと思います。
歌はセンス・才能が全てなのか?
結論から言うと、
歌はセンス・才能が全てではありません。
確かに、特に練習をしなくても、
上手く歌えてしまう人は存在します。
スポーツだって、勉強だって、
そういう天才肌な人はどの業界にもいます。
そういう天才肌の人が
プロ歌手になるパターンも少なくありません。
「歌はセンス。才能が全て」だと思われているのは
こういう人が原因になっているのでしょう。
歌が上手いとセンス・才能があるの違い
歌が上手いとセンス・才能があることは
実は、全く違います。
歌が上手いというのは
発声の技術があるということです。
しっかりとした基礎を持っていて、
それを使いこなす力があるということです。
一方、センス・才能があるというのは
器用だということです。
歌の感性が長けているとも言えます。
スタート地点の差はある
例えば、小さい頃から遊び回って、
よく大声で歌っていたA君。
小さい頃から静かな性格で、
あまり声を使っていなかったB君。
この2人の発声の能力が
一緒ではないことはわかるでしょう。
日常的に声を使っている人の方が
スタート地点が少し前にあるイメージです。
でも、これは才能の差ではなく、
どれだけ声を使ってきたかの差に過ぎないのです。
「才能」と呼ばれているものの正体を分解する
誰かの歌を聴いて「才能があるな」と感じるとき、その中身はひとつではありません。いくつかの別々の要素がまとめて「才能」という一語に押し込められていることがほとんどです。分けて見ていくと、後から手を入れられる部分がかなりあることが分かります。
| 「才能」と呼ばれがちなもの | 実際の中身 | 後から変えられるか |
|---|---|---|
| 音程がすぐ合う | 音を聴き分ける経験量。音楽に触れてきた時間の差が出やすい | 変えられる余地が大きい |
| 大きな声が出る | これまでにどれだけ声を使ってきたかの蓄積 | 変えられる余地が大きい |
| リズムに乗れる | 拍を体で感じる習慣があるかどうか | 変えられる余地が大きい |
| 感情の乗せ方が上手い | 曲の解釈と、表現の引き出しの数 | 変えられる余地が大きい |
| 声そのものの質感 | 体格や声帯の個人差による部分がある | 使い方は変えられるが、素材の違いは残る |
| 音域の広さ | 持って生まれた部分と、使い方で広がる部分の両方 | 一部は変えられる |
こうして並べると、「変えられない」と言い切れるのは声質と音域の一部だけだと分かります。しかもその2つは、上手さそのものではなく「その人らしさ」に近い要素です。声質が違うから下手ということにはなりません。
スタート地点の差は、才能の差ではない
記事本文でも触れたとおり、初期段階には差があります。ただ、この差は「始めた時点までに、どれだけその行為をしてきたか」の差であって、伸びしろの差とは別のものです。
合唱団に入っていた人、家でよく歌っていた人、吹奏楽で楽譜を読んできた人は、歌い始めた時点ですでに経験を積んでいます。一方、それまで人前で声を出す機会がなかった人は、その分をこれから積むだけです。スタート地点が違うことと、到達点が決まっていることは、まったく別です。
「才能がある人」がやっていることは、実は見えていない
上手い人の練習量は、外からは見えません。SNSや動画で見えるのは完成した音源だけで、その手前にある録り直しや試行錯誤は表に出ないためです。結果だけを見比べると、差が全部「持って生まれたもの」に見えてしまうという構造があります。
他の人と比べて落ち込んでしまう状態が続くときの考え方は、他の歌い手と比べて落ち込むときの考え方で詳しく扱っています。
後から伸ばせる要素を整理する
「努力次第」と言われても、何を努力すればいいのかが分からないと動けません。歌を構成する要素に分けて、それぞれどう扱うかを整理しておきます。
技術として積み上げられるもの
- 音程:聴き取る力と、狙った高さを出す力に分かれます。それぞれ練習の仕方が違います
- リズム:拍を感じる感覚は、練習で身についていく部分が大きい要素です
- 発声:声の出し方、息の使い方、共鳴のさせ方など、手順として学べる部分です
- 音域の使い方:今ある音域の中で、どこをどう使うかは調整できます
知識として補えるもの
- 選曲:自分の声と合う曲を選ぶだけで、聴こえ方が変わります
- キーの設定:原曲キーにこだわる必要はありません
- 録音とMIX:歌ってみたの場合、仕上げの工程も完成度に関わります
特に選曲とキーは、練習量とは関係なく今日から変えられる部分です。自分の音域の調べ方・測り方で今の音域を出しておくと、無理のない曲を選びやすくなります。
センスと呼ばれる部分も、材料は集められる
表現やアレンジの引き出しは、感覚的なものに見えますが、元をたどれば「どれだけ聴いてきたか」の蓄積です。良いと感じた歌い方に出会ったら、どこがそう感じさせたのかを言葉にしてメモしておくと、自分の引き出しに変わっていきます。「なんとなく良い」で終わらせないことが差になります。
自分の現在地を測る方法
才能があるかないかで悩みが続くのは、多くの場合自分の現在地が数字や記録で見えていないからです。感覚だけで判断すると、良い日は「才能があるかも」、悪い日は「やっぱり向いていない」と揺れ続けます。
記録として残せるものを決める
| 測るもの | 方法 | 頻度 |
|---|---|---|
| 音域 | 地声・裏声それぞれの上下限を音名で記録する | 月1回 |
| 音程の安定 | 同じ曲を同じ条件で録音し、外れる箇所をメモする | 月1回 |
| 歌える曲 | 「通して歌えた曲」をリストに追加していく | 随時 |
| 課題の数 | 録音を聴いて気になった箇所の数を書き出す | 月1回 |
大事なのは、他人ではなく過去の自分と比べる形にすることです。3か月前の録音と今日の録音を並べると、日々の練習では気づかない変化が見えます。逆に変わっていなければ、練習の中身を見直す材料になります。
「上手い」の中身を自分で定義しておく
そもそも「歌が上手い」が何を指すのかは、人によって違います。音程の正確さを指す人もいれば、聴いていて心地よいことを指す人もいます。目指す方向がぼんやりしたままだと、いつまでも足りない気がしてしまいます。この点は歌が上手いって、結局どういうことなの?で整理しているので、自分がどこを目指すのか決める材料にしてみてください。
才能論に振り回されないための考え方
最後に、練習を続けるうえでの心構えを挙げておきます。
伸び方は一直線ではない
練習量に比例して毎日少しずつ上手くなる、という進み方にはなりません。しばらく変化がない期間があり、あるときまとめて変わるという進み方をすることが多いです。変化がない時期に「才能がないからだ」と結論を出してしまうと、その手前で止まってしまいます。
停滞していると感じる時期の扱い方は歌のスランプの抜け出し方にまとめています。
かかる時間には個人差がある
同じ練習をしても、身につくまでの期間は人によって違います。ただし、これは到達できるかどうかではなく、かかる時間の差です。たとえばミックスボイスのような技術でも、習得までの期間には幅があることが知られています。目安の考え方はミックスボイスの練習期間はどのくらい?で扱っています。
判断を人にゆだねない
「才能がない」と誰かに言われたとしても、それはその時点の出来を見た感想にすぎません。今できないことと、これからできないことは別です。判断材料が欲しい場合は、感想ではなく具体的な指摘をもらえる相手を選ぶほうが役に立ちます。「上手い・下手」ではなく「どこをどう変えるか」を言ってもらえる相手かどうかが基準です。
今日やることを1つに絞る
才能の有無を考えている時間は、練習量には反映されません。悩みが頭を占めてきたら、「今日は何を1つだけ直すか」に問いを置き換えるのがおすすめです。積み上げる仕組みのつくり方は歌の練習メニューの組み方を参考にしてください。
研究では「遺伝」と「育った環境」はどう扱われているか
歌の上手さがどこまで生まれつきなのかは、双子を対象にした研究で調べられています。一卵性と二卵性の双子を比べることで、個人差のうち遺伝で説明できる部分と、環境で説明できる部分を推定する方法です。
| 研究 | 対象 | 報告された内容 |
|---|---|---|
| Yeom ら(2022年、iScience/メルボルン大学) | オーストラリアの双子1,189人。オンラインの歌唱テストで音程の正確さを測定 | 歌唱力の個人差のうち、遺伝で説明される割合は約41%、家庭などの共有環境で説明される割合は約37%。子どものころ家で歌っていたこと、幼いころから音楽に囲まれていたことが歌唱力と関連 |
| Yeom ら(2024年、Twin Research and Human Genetics) | 同じ研究の双子1,163人 | 子どものころ家族と歌った経験と、程度はより小さいもののボイストレーニングの経験が歌唱力を予測。現在家族と歌っているかどうかは関連しなかった |
| Mosing ら(2014年、Psychological Science/カロリンスカ研究所) | スウェーデンの双子約1万500人。リズム・メロディ・音の高さの聴き分けを測定 | 練習量そのものも遺伝の影響を受けていた。一卵性双生児の間では、練習量が違っても聴き分けの成績に差が見られなかった |
ここでいう「約41%」は、集団の中のばらつきをどう分けられるかを示した数字です。一人ひとりの上限や、伸びる幅を決める数字ではありません。また、Mosing らは練習が能力を直接高めているとは限らない可能性を指摘していますが、測ったのは歌う力ではなく聴き分けの力で、歌の練習に同じことが言えるかは別に確かめる必要があります。遺伝の影響はあるものの、育った環境の影響も同じくらいの大きさで報告されている、というのが歌についての研究の現状です。
「自分は音痴だから」と感じている人に関係する研究
Dalla Bella らの研究(2007年、Journal of the Acoustical Society of America)では、ふだん趣味で歌う程度の62人に、よく知られた曲を歌ってもらいました。音程の誤りが多かったのは一部の人だけで、上手さのばらつきは主にテンポの違いによるものでした。趣味で歌う人はプロより速いテンポで歌い、音程やリズムの誤りが多くなる傾向があったのです。そのうち15人にゆっくりのテンポで歌い直してもらうと、ほとんどの人がプロの歌手と同程度の正確さで歌えたと報告されています。
「音痴だ」と感じている場合でも、速さについていけていないだけのことがあります。才能の有無を考える前に、テンポを落として同じ曲を録音し、普段の速さの録音と聴き比べてみると、どこでずれているのかを切り分けやすくなります。テンポを落とす練習の手順はスロー練習のやり方、ずれ方の種類は音程がずれる2つのタイプ、遺伝との関係は音痴は遺伝するのかも参考にしてください。
「音感」は生まれつきか|絶対音感と相対音感を分けて考える
「音感がある人はうらやましい」と感じることがあるかもしれません。ただ、音感という言葉には性質の違う2つが含まれていて、歌でおもに使うのはそのうち片方です。
| 項目 | 絶対音感 | 相対音感 |
|---|---|---|
| どんな力か | 基準の音がなくても、聴いた音の高さを音名で言い当てる力 | ある音を基準に、次の音がどれだけ上か下かを聴き分ける力 |
| 身につく時期 | 幼いころの音楽経験との関係が大きいとされています | 大人になってからでも、練習で育てやすいとされています |
| 歌との関係 | なくても歌は上手くなれます | メロディーをなぞる、ハモる、キーを変えて歌うときに使います |
歌は伴奏やほかの音との関係の中で音程を取るため、使っているのはほとんどが相対音感です。絶対音感がないことは、歌が上手くならない理由にはなりません。相対音感は、鍵盤で鳴らした音を声でなぞる、2つの音の幅を当てるといった練習で少しずつ確かめられます。具体的な手順は音感をつけるトレーニング方法にまとめています。
ビブラート・ファルセット・声量は「才能の技」なのか
上手い人の歌を聴いて「才能だ」と感じやすいのは、音程そのものより、ビブラートや裏声の使い方、声の大きさといった目立つ技であることが多いです。これらも中身を分けると、練習で扱える部分が見えてきます。
| 技 | 才能に見えやすい理由 | 練習で扱うところ |
|---|---|---|
| ビブラート | 自然にかかる人がいて、意識して入れているように見えない | 音を伸ばしたまま、揺れの幅と速さを自分で決めて出す |
| ファルセット | 地声との切り替えが目立たず、苦労が見えない | 裏声だけで安定させてから、地声とのつなぎ目を練習する |
| 声量 | 体格の差に見えやすい | 息の量だけでなく、声の響かせ方や息の使い方を整える |
どの技にも「最初から自然にできる人」がいる一方で、できない状態から練習で身につけていく人も少なくありません。身につくまでの期間には個人差があるため、一度に全部を追わず、1つに絞って取り組むほうが変化を確かめやすくなります。出し方はビブラートの出し方と練習方法、ファルセットの出し方とコツ、声量については声量がある人とない人の違いで扱っています。
まとめ
センスや才能があると良いが、
それが全てではない。
歌が上手くなるかどうかは、練習の積み重ねによるところが大きい。
発声を磨くことで、歌が上手くなる余地は大きい。























